ビジネスの未来 著者 山口 周 書評 エコノミーにヒューマニティを取り戻す!

ビジネスの未来 著者 山口 周 書評 書評 要約 読むべきポイントは?

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ビジネスの未来 著者 山口 周 書評 エコノミーにヒューマニティを取り戻す!

ビジネスの未来 著者 山口 周 書評 要約 読むべきポイントは?

今回はナレッジキュレーターである山口周氏著者の「ビジネスの未来」が、紀伊國屋書店梅田本店のいい感じに目立つ場所にあったので購入してみました。書評します。
ビジネスの未来は、
発行日 2020年12月21日 第1刷発行
発行日 2021年  1月18日 第3刷発行
著者 山口 周
発行者 株式会社 プレジデント社


ビジネスの未来 導入文

ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか?

これが、本書執筆のきっかけとなった私の疑問です。

つまり本書は、この疑問に対するさまざまな角度からの考察を記したもの、ということになります。

このような大きな問いに拙速に答えることは危険だということを承知した上で、最初に結論を述べれば、

答えはイエス。ビジネスはその歴史的使命を終えつつある。

(中略)

21世紀を生きる私たちに課せられた仕事は、過去のノスタルジーに引きずられて終了しつつある「経済成長」というゲームに不毛な延命・蘇生処置を施すことではなく、私たちが到達したこの「高原」をお互いに祝祭しつつ、「新しい活動」を通じて、この世界を「安全で便利で快適な(だけの)世界」から「真に豊かで生きるに値する社会」へと変成させていくことにあります。

(中略)

この転換を前向きに乗り越えていくに当たって、大きく3つのポイントがあると思います。

1つ目のポイントは「終焉の受容です」。

(中略)

2つ目のポイントは、この状況を「ポジティブに受け入れよう」

(中略)

3つ目のポイントとして「新しいゲームの始まり」という点を指摘しておきたいと思います。

本書が訴えようとしているメッセージのサマリーを記しておきたいと思います。

1,私たちの社会は、明るく開けた「高原社会」へと軟着陸しつつある。

2,高原社会での課題は「エコノミーにヒューマニティを回復させる」こと

3,現実のカギとなるのが「人間性に根差した衝動」に基づいた労働と消費

4,実現のためには教育・福祉・税制等の社会基盤のアップデートが求められる

ビジネスの未来 もくじ

はじめに

第一章 私たちはどこにいるのか?

■コロナ後の世界をどう構想するのか
■高原に至った社会
■「総じて幸福だ」と感じる人がとても増えた
■ユートピアとして夢想したものに近い社会
■ビジネスの使命の終了
■「文化的豊かさを生み出すビジネス」への転換
■GDP成長率は天井へ
■「GDPの延命措置」
■GDPは「恣意性の含まれた数値」
■GDPの発明に関する問題点
■GDPという指標がもつ意味
■新しい価値観、新しいビジョンを再設計する
■全世界的に見ても成長率は停滞
■「成長」のイメージは「幻想にすぎない」
■「成長・成長」は「信仰」と同じ
■「異常な状態」から「正常な状態」へ
■ハードランディングの日本
■人口も天井へ
■ロジスティック曲線が示唆するもの
■枢軸の時代
■文明化の終焉を生きる
■「グレートリセット」が意味するもの
■「基本の価値」も「時間の価値」もゼロに
■「希望の物語」という幻想
■成長の完了した「高原状態」の社会

第二章 私たちはどこへ向かうのか?

■「経済性から人間性」への転換
■目指すべき「高原社会」のイメージとは
■テクノロジーイノベーションという幻想
■「ソーシャルイノベーション」こそ重要
■イノベーションが格差を拡大する
■GDPに貢献しないGAFAMのサービス
■イノベーションによる失業が、格差を拡大させる
■「経済合理性」の外側にある問題が残存
■なぜ企業は巨大化したか
■市場原理の限界に突き当たる
■市場は、「経済合理性限界曲線」の内側の問題しか解決できない
■希少な問題を解けるか
■「人間の条件」とは何か
■モチベーションの源泉は「人間性に根差した衝動」
■「いずれ資本主義は自壊する」という予測
■社会に「贈与のシステム」を導入する必要性
■高い精神的報酬を得る
■活動それ自体が愉悦となるような営み
■社会民主主義の方向へ大きく社会ビジョンをシフトすべき時
■人為的に問題を生み出す体系=マーケティング
■道徳か好景気か
■「欺瞞」の限界について
■必要以上のモノが欲しい
■開き直り=奢侈こそが経済を動かす
■衒示的消費と必要による消費の2つしかないのか?
■「無限の過熱」が行きつく先
■ポトラッチという「ゲーム」の勝者の末路
■「必要」と「奢侈」のあいだの答え
■「至高体験」を味わえるかどうか
■人の人生を「生きるに値するもの」にする
■インストルメンタルとコンサマトリー

第三省 私たちは何をするのか?

■高原のコンサマトリー経済
■必要なのは、しなやかで美しい変化
■歴史を変える「小さなリーダーシップ」
■「システムと人間との関係性の在り方」を問う
■イニチアチブ1:真にやりたいコトを見つけ、取り組む
■「Business as Art」
■ビジネス本義を問い直す
■衝動で駆動するソーシャルイノベーション
■「衝動にシステムをリ・ハックさせる」
■文明的価値から文化的価値へ
■「消費されていない」という価値
■労働+報酬=活動
■遊びと労働が一体化
■「労働」のない社会には「余暇」もない
■コンサマトリーとゾーン
■「幸福感受精」が摩耗されてしまっている
■9割以上の人が、かけがえのない人生を浪費
■いろいろ試す
■「浪費」と「無駄」が、人生には必要
■キャリア形成のきっかけとなるもの
■インストルメンタルな思考が悲劇をもたらす
■衝動を阻害するもの
■昔話と「重要な忠告」の共通項
■偽善的範疇こそが邪魔なもの
■「創造という遊戯」
■イニシアチブ2:真に応援したいモノ・コトにお金を使う
■バリューチェーンの限界
■「労働の喜び」を回復させる
■生産者と消費者の顔の見える関係づくり
■バリューチェーンからバリューサイクルへ
■「責任ある消費」と「贈与」の関係
■「消費」や「購買」は、より「贈与」や「応援」に近い活動へ
■「責任ある消費」で市場原理をハックする
■「小さい、近く、美しく」へ
■「小さい、近く、美しい」バリューサイクルへの転換
■イニシアチブ3:ユニバーサル・ベーシック・インカムの導入
■知的生産の「質」と「量」の関係性
■ソーシャルイノベーションを成功させる最低条件
■高原社会における格差拡大への措置として
■「社会的投資国家」の方向はない
■コンサマトリーな職業へと転換させる
■「資本主義をハックする」と言っている意味
■「より良く生きるとはどういうことか?」という問い

補論

■1,社会構想会議の設立
■「大きな北欧型社会民主主義国家」を目指せ
■「貧しい豊かさ」しか構想できなかった
■2,ソーシャル・バランス・スコアカードの導入
■日本の政府による愚民化政策の限界
■3,租税率の見直し
■幸福度ランキングの高い国の国民負担率
■「クソ仕事」を減らすための政策
■政治に対するコミットメントを高める
■世の中を悪くしている「無批判で無関心な善人」
■4,教育システムの再設計
■就職活動における「タテマエとホンネ」の欺瞞
■新卒一括採用というシステムの終焉
■革命もまた「いまここにいる私」から始まる

おわりに

ビジネスの未来 要約

序盤は、「私たちはどこにいるのか」について著者は話しはじめます。

私たちは、どこにいるのか?

私たちの社会はどのような文脈の最中にあるのか?

という論点に対する考察をないがしろにすべきではないと言います。

コロナが1つのきっかけとして私たちの常識や習慣に何の必然性も合理性もなかったのだとすれば、「そもそも、コロナ直前の世界は、どのような文脈の最中にあったのか」という問いを考察していく。

 

まず、物質的貧困を脱したと大多数の人が実感ベースで得たことは、人類史上はじめてのこと。

バブル期の駆け上がっていく勢いのあった時期より、バブルがはじけ飛び停滞した時期の方が「幸福度」や「満足度」のスコアが明確に高い。
→「経済をこれ以上成長させることに、もはや大きな意味はない」ことを示している。

一方で、「日本の再生」や「日本の再興」のような国威を取り戻したいなどは、古臭い価値観で縛られたアナクロニズムでしかない。
※アナクロニズム:歴史学では、年代錯誤や現代の常識的見方を過去に当て嵌める誤りを批判する言葉。

「幸福度」「満足度」のデータは、社会が「明るく開けた幸福の高原」へと近づいていることを示している。

これが、著者がまず確認したい「コロナ直前の文脈」。

 

ミシガン大学のロナルド・イングルハート教授は、経済成長と所得上昇が何よりも優先された「近代文明」から、生活の質や幸福実感がより優先される「ポスト近代文明」へとすでにシフトしていると主張している。

しかし、一方で「物質的欲求に関する不満の解消」は、そのまま「市場における需要の縮小」を意味し、現代社会システムは「無限の成長」を前提にして構築されているから物質的需要が伸長しない「高原状態」とはソリが合わない。

19世紀の哲学者、フリードリヒ・ニーチェは、物質的豊かさが増していく一方で、科学の勃興によって宗教という規範の解体が進んでいく世界において、市井の人々が「意味の喪失」という重大な病に侵されることを予言しました。ニーチェによれば、意味を喪失した人々はニヒリズムに陥ることになります。
※ニヒリズム:何のために?という問いに答えられない状態。

「物質的不足を解消する」という宿願を達したのだから、しっかり祝祭した上で、次の千年紀に向けてどのような価値を社会に実装していくのかを考えるターンにあると著者は語る。

 

私たちの世界が、「不可避なゼロ成長への収斂の最中にある」という指摘は、先進国のGDP成長率が長期低落傾向にあることを指します。

とはいえ、「GDPは非物質的な無形資産を計量しておらず、経済が非物質的な価値を生み出すことに大きくシフトしている現在、GDPに非物質的な産出を参入すれば大きく異なるはず」だとしてGDPの延命措置する声が大きい。

結局、GDPは恣意性を含まれた数値に過ぎない。
→GSP成長率コンマ5の上下で大騒ぎするが、そもそもGDPはそんな微差の議論に耐えれるようなハードデータではなく、ある「基本的に合意された方針」に基づいて各国の統計担当者が恣意的に拾い上げた数値、いうなれば「1つの意見」でしかない。

そもそもGDPは、「測りたい問題が先」にあった上で「測るための指標が後」で導入されている。
→昨今、GDPに関する議論は往々にして「指標が先、問題が後」になってしまっている為、本質的な問題の炙り出しにはならない。

にもかかわらず、「どれだけのモノを作り出せるのか」ということを明らかにするために作り出された指標が、「物質的不足」を解消してしまった社会において、「どれだけのモノを作り出したのか?」という指標を高い水準に保とうと思えば、浪費や奢侈を促進し、モノを捨てることが美徳として礼賛される社会を生み出す。

このように、賞味期限の終えたGDPという指標を使い続ける優位性はなく、拙速にGDP延命措置を施すのではなく、

✓そもそもどんな社会を作り出したいのか
✓人が生きるに値すると思える社会とはどのようなものか

について、オープンな議論を尽くした上で、どのような指標を用いるべきか考えるべきで、来るべく「高原の社会」では、環境や自然との持続継続的な共生が必須のモノとして求められるべきだと著者は語ります。

GDP同様に労働生産性においても日本は1960年を過ぎたあたりから世界の緩やかな下降トレンドとは異なった急下降と言って良いほどに激しいハードランディングになっています。

この急下降がさまざまな軋轢や齟齬の原因となっていますが、かっての社会システムやプラットフォームは「成長が当然の条件下」で形成されたものです。

例として、「新卒一括採用」、「年功序列」、「終身雇用」です。

この軋轢、齟齬は現在の「低成長」がもたらしたと考えるより、「成長を前提とした社会システム」と「高原に軟着陸しつつある現実の社会」が不整合を起こして発生していると考えるべきだと著者は語ります。

→よーするに1886年の文明開化以来、100年以上にわたって働いてきた「無限の上昇・成長・拡大を求めようとする脅迫観念」と近年つよさを増している「高度を徐々に下げて軟着陸しよーとする自然な引力」の2つの「引き裂く力」に翻弄されている。

 

コロナ直前の世界がどのよーな文脈にあったのか、「生活満足度」「GDP成長率」「生産性向上率」「人口増加率」の4つの指数を統合的にしたときに、何が見えてくるのかを明らかにする。

人類の始祖がアフリカで誕生以来、数万年にわたって続いた時代の変曲点である「枢軸の時代」を経て、物質的生活基盤が急速に整備されるまで更に2000年かけ、第一次産業革命を境に文明化が急速に進み、その上昇は20世紀後半まで続きました。

しかし、勾配をなだらかにしつつあり、以降は定常状態を前提とする「高原状態」に移行して「無限に続く幸福ないま」が循環する時代がやってくるとするのが著者の仮説。
よーするに、あたらしいモードに切り替える時代の転換点「文明化の終焉の時代」だということ。

 

中盤は、序盤で仮説をたてた前提を基に「便利で快適な世界」から「生きるに値する世界」へと変えていくべき方向を指し示します。

✓「文明のために自然を犠牲にしても仕方がない」文明主義
✓「未来のためにいまを犠牲にしても仕方がない」未来主義
✓「成長のために人間性を犠牲にしても仕方ない」成長主義

上記を捨てず、このまま現在の方向で強引に社会を引っ張れば、ごく一部の人だけが経済的勝者となって享楽的な生活をおくる一方で、ほとんどの人は生きがいもやりがいも感じられない「人工知能の奴隷」のような仕事に従事し、オスカー・ワイルドの言葉を借りれば「真に生きているのでなく、ただ生存しているだけ」という人生を送ることになると著者は言います。

✓イノベーションによって経済成長の限界は打破できる
✓マーケティングによって需要の飽和は延期できる

この方向で成長主義を延命させよーとすると、社会はディストピアへと近づくと著者は言います。

経済思想家のピータードラッカーは、企業の目的は1つしかなく、それは「顧客の創造」であるとした上で、さらにその活動は「マーケティング」と「イノベーション」の2つに支えられると言いました。

有名な1節ですが、マーケティングは「問題の開発」イノベーションは「問題の解消」を言っているにすぎず、1967年に世に出てきた概念ですから、すでに世界的な下降トレンドによって生み出され、事業者自らが問題を開発されなければ、新しい欲求を生み出すことができなくなった証左でもある。

それを裏打ちする広告代地点の電通でマーケティング戦略立案のために1970年代に用いられていた「戦略十訓」を紹介。

✓もっと使わせろ
✓捨てさせろ
✓無駄使いさせろ
✓季節を忘れさせろ
✓贈り物をさせろ
✓組み合わせで買わせろ
✓きっかけを投じろ
✓流行遅れにさせろ
✓来やすく買わせろ
✓混乱をつくり出せ

このようにできれば、「需要飽和」の先送りができるかもしれません。

聞くと不快だが、自分でもそのような行為に加担しながら、そのような意図が意識上に上がってくるのを押さえようとする、、、多くの人はそのようになんとか精神のバランスを保って日々の仕事に投入している訳だが、このような行為は「欺瞞」と言います。

 

終盤では、コンサマトリーな高原社会を成立させるためには、私たちは今後、具体的にどのよーなリアクションを起こせばいいのかについて語ります。

✓真にやりたいコトを見つけ、取り組む
✓真に応援したいモノ・コトにお金を払う
✓上2つを実現するためにユニバーサル・ベーシック・インカムの導入

現時点の一般的な認識は、余暇だけの社会などあり得ず、私たちの活動を「労働」と「余暇」という2つの枠組みで整理する考え方は、労働とは辛く苦しいものであり、労働しなくてはよい時間=余暇を手に入れるための手段でしかない。

一方で、高原社会における労働観は、労働そのものが報酬として主体に回収されるという点でまったく違う。

よーするに、「未来のために、苦しいいまを頑張る」というインストルメンタルな思想様式から、「この瞬間の充実のためにいまを生きる」というコンサマトリーなそれへと転換することになる。

 

ところが一方で、日本はみな「つまらない、くだらない」といいながら、新しい仕事を探すわけでもなく、今の仕事に意味合いを作り出すわけでもなく、かけがえのない人生を1日1日垂れ流すようにして過ごしていると辛辣な言葉を綴る。

これは、「辛く苦しいことを我慢すれば、その先に良いことがあるよ」と学校や職場に洗脳されてきてしまったために「いま、この瞬間の幸福」に関する感受性を著しく磨滅させてしまっているからだ。

結果として、「幸福感受性」のアンテナを通電させる回路をカットし、規範に従順なロボットになることで利得が最大化されることを学習するわけで、この感受性を回復できなければ、コンサマトリーな状態の回復など望むべくもありません。

このよーなことを踏まえて、解決できる私たちの生き方と世の中の新しいシステムを模索します。

 

ビジネスの未来 著者 山口 周 書評 エコノミーにヒューマニティを取り戻すの読みべきポイント

ビジネスの未来 著者 山口 周 書評 エコノミーにヒューマニティを取り戻すの読みべきポイント

自らをナレッジキュレーターと呼ぶことも、終盤に1人1人ができることを自らが示しているという点は有言実行だと感心させられます。

また、あまり世に出ていないネタが飛び出してくるあたりは、さすがナレッジキュレーターを自称する”その引用力”にも驚かされます。

これほど多角的に過去の学者・経営者の言葉をポンポン引用し、リアルデータとの融合を果たしてく本も珍しい。

そして、著者の引用する言葉も難しいw

筆者は通算で2000冊以上は本を読んできていますが、2~3漢字の読み方を検索させられた最近では珍しい類の本としてリストアップすることになりましたw

全体的な「ビジネスの未来」に対する感想は、語られている現状は物凄く客観的かつ正確に伝えられており、腹落ちする内容でした。

終盤の高原社会に対する考察に対しては、高尚な個々人の選択を含んでおり「卵が先か鶏が先か」の議論になっていく意味では著者も指摘している日本人特有のスタンスがむしろ逆にアリじゃないかと筆者は感じました。

世界的に行き過ぎた資本主義で既得権に浸りきった世界を牽引する人々と対立軸をもったところで、じいさん達に好きなよーにされている事実をひっくり返せるわけもなく、じいさん達にいいよーにされない力持ってる人は稀すぎてピンポイントで憂いを断たれている。

やはり、じいさん達が思い描いている社会の端っこまで行ききってからじゃないとないと崩壊しない説の方が濃いと思う。

かと言って、今みたく著者がいうよーに「かけがえのない人生を1日1日垂れ流すようにして過ごしている」のは勿体ないので、フランスの生活術である「Art de Vivre」を頭の片隅に置いておくよーに生きてくのが正解かなーって思ってます。

Art de Vivre(アールドヴューブル)とは、訳し方はいろいろあるでしょうが、生活の芸術、芸術的生活術、生活美学って感じでしょうか。

日常生活を楽しみながら工夫して、心豊かに暮らすことを意味します。

UBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)についても、「来る!や来るかも」って期待してる人の話を聞きますが、おめぇーが期待してるターンでこねぇーよってw

議論は議論でいいとは思いますが、期待して何をちょっとでも手を抜こうとしてるんだよってw

「革新の中にいる私」は、日常を劇場化した世界に生きながらに客観的に自分の職業、人生を見据えて最大のパフォーマンスを発揮して「自分または自分と家族」だけが幸福感・充足感を得ていく先の余裕でこそ革新の核心にアクセスできるのではないだろうか?

とはいえ、世の中の現状把握すらできていない人たちにはいい感じに呻けるネタにはいいと思います。

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『ビジネスの未来の書評を書いている筆者は、

自己紹介させてください。
僕は、飲食業界で25年間働いており、今は年商8億円の飲食事業部を統括する立場で働いています。
他にも、飲食店開業コンサルタントとして、これまでたくさんの飲食人とお仕事をご一緒させて頂いております。
今ご覧になって頂いている記事がある「飲食マネジメント経営.blog」は、飲食業界のマネジメントを活用した有益な情報を発信するブログサイトです。

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